2017年 3月 1日 更新

〈第60回〉

実態は最悪の訪米行動 

 翁長雄志知事の今回(第3回目、1月31日)の訪米は一体何だったのか。「米首都ワシントンで面談したトランプ政権関係者や上級議員はゼロ、また、当地の記者会見に参加した米記者はたった1人。日本メディア以外で翁長知事の訪米行動を伝えた記事も僅かに2本だった」、米紙ワシントンポストの東京支局長はツイッターで翁長知事の今回の訪米行動をこのように伝え「沖縄県知事のDCへの旅は最悪だった」とその成果を結論づけた。

 それはそうだろう。何よりも〝最悪だった〟その根拠は翁長知事の訪米中に東京では安倍首相とマティス米国防長官との会談が行われ、両者は在日米軍の安定的駐留確保で日米が協力することで一致。ご周知の通り、マティス氏は「沖縄基地の負担軽減には二つの案がある。一つが辺野古で、二つが辺野古だ」という独特な言い回しで、普天間飛行場の辺野古移設が唯一の解決策であることを強調し、安倍首相もこれに応じて、とりもなおさず日米が翁長知事の訪米中に重ねて「辺野古唯一」を確認したことである。これが〝最悪だった〟の根拠中の根拠だ。

 その最悪に先立ち、翁長知事はワシントンで国務省、国防省の当局者と面談し辺野古移設の計画見直しを強く求めたようだが、両省からは2回目の訪米と同じく全く相手にされなかった。

 いみじくも、沖縄タイムスの米国特約記者は今回の翁長訪米で「翁長知事はトランプ新大統領が計画を見直すのではないかとの期待を持ち続けていたが、訪日中のマティス国防長官が日本政府と現行計画の継続を確認し合ったとの報道に接し、知事は落胆した。辺野古承認の「撤回」カードは、翁長知事が就任直後に切ってこそ、最大の効果を発揮する「切り札」となりえた。切り札なしの3度目の訪米行動は県民が抱える危機感すら伝えられなかった」と伝えている。

 現地ワシントンで知事の行動をつぶさに見ている記者が肌感覚で感じ取った実感だろう。

米国側の冷淡な態度

 翁長知事が熱望していたライアン下院議長やトランプ政権の要であるプリ―バス大統領首席補佐官との面談も最後まで調整したがかなわなかった。それどころか、初回訪米時に面会した上院のマケイン軍事委員長やコクラン歳出委員長ら、面談実績のある議員との接見さえも実現出来なかった。

 今回の訪米期間中、翁長知事は12人の下院議員と相次いで面談はしたが、その12人の議員は残念ながらトランプ政権にほとんど影響力のない、いわゆる陣笠議員であったという。それでも知事は、辺野古埋め立て承認取り消しをめぐる最高裁の判決で、県が敗訴した後でも移設作業は順調には進まないと知事自身の見通しを伝え歩いたが、米政府・議会側の知事に対する態度はあくまでも冷淡であった。

 特に、初訪米時に「機会があったらまた会う」と言っていた上院のマケイン氏からは「日本では最高裁の判断まで出されている。どうして今頃知事に会う必要があるのか」と門前払いされてしまった。

 このように、翁長知事の訪米交渉は、沖縄の民意をトランプ新政権に伝えるどころか、米国要人との接見さえも困難を極めたのである。

訪米行動の徹底的な検証が必要

 ところが、翁長知事は那覇空港で知事の帰国を待ち構えていた記者団に対して、「今回は3度目の訪米であったが、過去最高の手ごたえがあった」とその意義を強調して見せた。そうであれば過去2回の訪米も本当はもっと悪かったことを知事自身から証明しているようなものだ。どうも訪米の実態からすれば、筆者には知事の帰国後の言葉が〝神話〟に聞こえてならない。

くしくも翁長知事が訪米から帰国した翌日(2月6日)には、辺野古埋め立ての本格工事が開始された。

翁長知事の今回の訪米は一体何だったのか。訪米行動の経費は全て県民の血税である。県政野党の沖縄・自民党は、腰を据えて、改めて知事の訪米行動を徹底的に検証しその成果を究明すべきではないのか。知事の従来パターンの度重なる訪米行動は費用対効果の面からも大いに問題がある。

従って、直面する辺野古問題で今後もワシントン詣でに重点を置くのか、それとも日本政府との交渉を優先するのか、県政与野党を問わず急いで検討する必要があろう。 (3月1日 記)

 

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