解り安く、面白く、パンチの効いた時事評論

神山吉光が吠える

2014年6月15日更新 〈第18回〉

鳩山由紀夫元総理大臣が理事長を務める東アジア共同体研究所、琉球・沖縄センターの開設を記念したシンポジュームが5月31日那覇市内のホテルで開催された。
 鳩山理事長は、その聴講を呼び掛ける案内状の中で次のように述べている。
「〝最低でも県外〟は間違いではなかった」
 <私は、政治家になって以来、日本と他のアジア諸国、より広くはアジア・太平洋諸国相互の間に、友愛の絆をつくりあげることはできないものかと考えてきました。
 そして、東アジア共同体を構想するとき、沖縄を抜きにしては考えられません。地理的にも沖縄は東アジアのど真ん中に位置していますし、歴史的にも沖縄は東アジアの様々な文化が融合してきた過去を有しています。
 私のかねてからの念願である「東アジア共同体研究所 琉球・沖縄センター」を開設する運びとなりました。これは、沖縄の未来構築や基地問題に対する自分の責任を引き続き全うし、「『最低でも県外』を、総理時代に実現できなかったことは誠に慙愧に堪えない。しかし、発想が間違っていたとは今でも思っていない」ことを、当研究所の政策研究提言や県民運動支援の活動を通じて、改めて明らかにしていきたい>
 これは、鳩山理事長の挨拶文の要旨である。

鳩山元総理に苦言

 そこで、あえて鳩山氏に言っておきたい。政権交代の前の総選挙で「最低でも県外」と発言したことが間違いだったとは、沖縄県民の誰もが思っていない。県民は〝県外〟に期待し、メディアもキャンペーンを張ってそれを支持し、また、小誌『沖縄世論』も表紙写真や人物編で鳩山氏を登場させ、政治無関心層への浸透を図ってきた。だからこそ、沖縄では自民党が全選挙区で完敗し民主党政権が誕生した。
 沖縄県民が轟々と怒ったその原因は、鳩山総理(当時)が、「学べば学びにつれて抑止力として海兵隊が沖縄に必要である」として、結局、県民無視のまま辺野古移設に回帰させ、自民党政権時代に後戻りさせたことが原因であった。

 孫崎享氏はシンポジュームの中で「鳩山総理は『県外発言』で辞任に追い込まれた」と言っていたが、仮に鳩山氏が普天間辺野古問題を、課題留保にしたままで自ら総理の座を辞していたならば、普天間問題にはまた新たな展開も期待されたであろう。鳩山氏はシンポジュームの挨拶の中で、県外移設の民意に沿い今後も活動を展開する考えを示し、また、安倍政権はこれからさらに強硬姿勢に出る可能性があることも指摘したが、これが自ら選挙公約を破り辺野古回帰に舵を切った張本人の発言とはとても思えない。しかし、もうそれでもいい。今後は、学べば学びにつれて、後戻りすることなく大いに頑張って欲しいものだ。

安部政権を利にする 孫崎 享氏の論理矛盾

 このシンポジュームの講師で登壇した元外務省国際情報局長の孫崎享氏は知名度も高く、それなりに彼の発言には聴講者も関心を寄せた。ところが、私には首をかしげる部分がいくつかあった。先ずは尖閣諸島問題の例の「棚上げ論」の問題だ。新聞の論考でも、彼は「日中首脳間では確かに『棚上げ論』は外交上の約束として存在している。そのことは外務省OBの回顧録の中でもはっきりと記述されている。」と、主張するが、しかし、回顧録はあくまでも個人的な自分史であって、そうであればその記述の部分を証言する第三者の存在がどうしても必要になってくる。
 孫崎氏の古巣である外務省も「棚上げ論」がなかったことを統一見解にしている。仮に孫崎氏に百歩譲って日中間に「棚上げ論」の約束があったとしても、そもそも92年の「領海法」の制定によりその約束を破ったのは中国ではなかったのか。そのことは多くの識者が指摘している通りだ。

 次に、尖閣諸島有事の際の米軍の出動問題のことだ。つまり、日本有事の際に果たして米軍が助けに来るのか、という日本防衛問題に対して、孫崎氏は新聞(4月26日、琉球新報)の論考で次のように主張している。

 尖閣諸島は<安保の適用対象だという発言は、尖閣諸島で有事があった場合に米軍が出ていくことを意味していない。米軍は日本の領内に攻撃があった場合、自国の憲法に基づいて対応すると説明している。尖閣問題に米軍が対応するかどうかは、米国議会で決まる。例えばシリアへの攻撃は、議会の反対で、できなかった。軍事的に対応することを約束してはいない。>孫崎氏は、シンポジュームでも同様の主張を繰り返した。

 要するに孫崎氏は日本有事の際に米国は日本の期待通りには動かないことを言いたい訳だ。そこで、孫崎氏に言いたい、そうであればこそ、自分の国は自分で守るという防衛力の強化が益々必要になってくるのではないか、孫崎氏の論理矛盾が逆に安倍政権を利にしたことになる。

11月沖縄県知事選に連動

 さて、東アジア共同体研究所の記念シンポジュームのことだが、タイトルは「東アジア共同体と沖縄の未来をどう拓くか」となっていたが、全体の印象としては、安倍政権批判の大講演会そのものであった。言論の自由であり、民主主義の成熟の意味からも政権批判は大いにあっていい。繰り返し繰り返し徹底的に政権批判をすることは大いに結構である。
 しかし、聴講者のためにもシンポジュームの趣旨だけはしっかりと踏まえて欲しいものだ。東アジア共同体研究所の活動が余りにも政権批判に執着すると、それでは、好む政権に代われば東アジア共同体の研究所は必要ない、ということになる。
 要するに鳩山氏の東アジア共同体構想がこのレベルしかなかったことに大きな失望感を抱いた。

 翌日の新聞で報道された内容は、新聞の紙幅の関係もあり、シンポジュームのタイトルに従った部分だけの限定的な報道になったが、実際にはそうではなく孫崎氏や高野孟氏の講演内容は政権批判に大きく持ち時間を割いて、さながら野党側による政権批判の演説会そのものであった。

 休憩時間帯に進藤榮一氏の尖閣諸島名称の由来に関して、理論整然と堂々と異論を唱える者がいたが、残念ながら途中から会場係によって制止された。

 注目の東アジア共同体研究所のシンポジュームは鳩山ブレーンによる安倍政権批判の講演会に変じてしまったが、中でもサプライズは稲嶺進名護市長の訪米報告の挨拶がプログラムに組み込まれていたこと、また、最後に飛び入りの形で大田昌秀元知事の激励の言葉までが演出されていたことだ。
 このように、結局、鳩山氏の東アジア共同体研究所の当面の流れは必然的に11月の沖縄県知事選挙に帰結連動していくのではないかと思われる。