解り安く、面白く、パンチの効いた時事評論

神山吉光が吠える

2014年10月15日更新〈第22回〉

 

坂本龍馬の「船中八策」と仲井眞弘多の「在京八策」

 

 1867年(慶応3年)土佐藩士の坂本龍馬は尊皇倒幕の勢いが強まる中「幕府を支持する藩はまだ多い、無理に武力で討伐しようとすれば内乱が起きるし、そうなればイギリスやフランスの外国勢が干渉してくる。従って平穏に事態を解決したい-」とそのように考え同年6月長崎から京都に向かう途中、船中で日本の新しい政治の方針を次のようにまとめた。すなわち龍馬の船中八策である。
 
 1.政権を朝廷に返すこと
 2.上下の議会を置き、すべて公論に基づいて政治を行うこと
 3.公卿・大名のほか世のすぐれた人材の中から顧問を選ぶこと
 4.新しく国家の基本になる法律(憲法)を定めること
 5.外国と新たに平等な条約を結び直すこと
 6.海軍の力を強めること
 7.新兵を設けて都を守ること
 8.金銀の比率や物の値段を外国と同じにするよう努めること

 この船中八策にもりこまれた龍馬の理想は徳川慶喜の大政奉還により一つの実を結び、そして、この理想は明治政府に引き継がれ近代日本の礎になった、と言われている。

 時は現代沖縄に移り、沖縄米軍基地の行方が論じられた真最中の2013年12月、沖縄県の仲井眞弘多知事は東京での公務出張中に病に倒れながらも、普天間基地移設問題に絡む政府への要望事項を次の通りまとめた。

 1.普天間基地の5年内の運用停止、早期返還
 2.米軍新型輸送機オスプレイの県外分散、訓練分散
 3.キャンプ・キンザーの7年以内の全面返還
 4.日米地位協定の改定
 5.沖縄振興予算の拡大確保
 6.鉄軌道の導入決定・早期着工
 7.那覇空港滑走路増設、OIST研究規模の拡大
 8.北部、離島、過疎地域の振興

 これを即ち戦国流に準えて、現代沖縄版、仲井眞弘多の「在京八策」と称しておこう。

「普天間の5年以内の運用停止」に疑問

 この仲井眞知事の「在京八策」に対して、安倍総理大臣は「政府としてできることは全て行っていく。しっかり結果を出していきたい」と応答し、これによって昨年12月27日仲井眞知事はあのような形で「辺野古承認」を決断した。すなわち県政野党側が言う辺野古反対の民意と逆流したのである。

 そこで仲井眞立候補予定者にどうしても問い質したいことがある。
 先ずは「在京八策」の中の「普天間基地の5年以内の運用停止」の問題だ。現在のところその位置づけは政府への要望事項の範囲に留めているが、そうであっても残念ながらその実現は限りなく不可能に近いのではないか。詳細は省くがそのことは安倍総理と仲井眞知事が誰よりもよく承知のことだと思う。
 安倍総理の「政府としてできることは全て、行っていく…。」ということは、逆に言えば「出来ないことはやらない」と言うことだ。
 それでも実現が可能と言うなら、仲井眞知事にはそのことを堂々と選挙公約に掲げて知事選挙にも臨んで欲しいものだ。

翁長氏との感情的な問題

 次は保保対決となった翁長氏との問題だ。
 翁長雄志立候補予定者は出馬表明の挨拶の中で「自分は4年前の知事選挙では仲井眞選対の本部長を務めたが、辺野古の承認まで仲井眞知事からは何の相談もなかった-」という主旨の発言をされていたが、この問題に関しても仲井眞知事の所見を伺いたいと思う。

 仲井眞知事が、4年前の選対本部長だった翁長氏と県政運営に関して、日頃からしっかりと話し合っておれば、このような保保対決の選挙構図にはならなかったという。従って、「翁長氏を立候補まで追い込んだのは仲井眞知事本人にも責任と原因がある」と巷間でもこのようにささやかれている。
 よってこの問題に関しても、仲井眞知事が選挙期間中に自ら然るべき方法で釈明されることを求める。

 あれやこれやと言っているうちに、間もなく知事選挙が告知され沖縄では天下分け目の大決戦が始まる。
 坂本龍馬の「船中八策」は徳川慶喜の大政奉還を経て、その理想は明治政府に引き継がれ近代日本の夜明けとなったが、されど仲井眞弘多の「在京八策」の決着の行方はどうなるのか、安倍政権が本当に後押ししてその「在京八策」が未来沖縄の礎となり得るのかどうか、今の段階でその予測は困難と言えよう。