解り安く、面白く、パンチの効いた時事評論

神山吉光が吠える

2015年2月1日〈第29回〉

 

翁長知事の「検証チーム」設置に疑問
~ 瑕疵の究明は県議会の権能に委ねるべきだ ~ 

 

翁長知事の心労

この頃、翁長雄志知事の仕事ぶりを見ていると、どういう訳か10万票の大差で当選した当初の勢いと迫力が、急に萎んできたような気がする。
 と言うのは、先ずは昨年12月末に知事就任挨拶の為に上京はしたものの、面会に応じたのは沖縄担当の山口俊一大臣たった1人。他の全ての大臣からは日程が取れないということで面会を拒否された。
 翁長知事は上京前、就任挨拶の中で沖縄の民意をしっかりと伝えてくると勢いづいていたが、それどころの話ではなかった。保革両顔をもつ政治家の宿命なのか、翁長知事は心労故に萎り果てて帰ってきた。

 また、翁長知事は1月26日、県庁に海上保安庁の高橋博美本部次長、沖縄県警の小林稔警備部長を相次いで呼び寄せて、米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古への移設工事の警備活動に当たっては、新基地建設に反対する市民らにけが人を出さないように申し入れたが、その時も海上保安庁と沖縄県警が翁長知事に対応させたのは中央政府と同じく、いずれも本部長以下のクラスだった。
 翁長知事は、それぞれのトップを呼び出すべきであったがそれもかなわなかった。翁長知事には選挙で大勝した知事ならばそれらしく、もう少し迫力があって欲しいものだが、どうもこの程度が限界のようである。

 次に、例の検証チームの発足の問題だ。この検証チームとされる第3者委員会は仲井眞前知事が辺野古の埋め立て申請を公有水面埋立法の定める承認基準に適合しているとして、承認したことが本当に適法であったかどうかを検証する為に、翁長知事の私的諮問機関として、当初は遅くとも1月中旬までには発足させることになっていた。ところが、委員の選定が予想以上に難航する中で、翁長知事は県政革新与党や辺野古反対派らに追い込まれて、委員が不揃いのままで、とうとう立ち上げだけは宣言したものの、実質審議の会合が現在までに一度も開かれていない。それどころか、1月中に6人の委員全員の選定を終えることにもなっていたが、委員さえもまだ決まっていない状況だ。
 これらのことを考え合わせると、翁長知事が保革両面に立たされて相当以上に心労していることがうかがえる。

「検証チーム」は血税の無駄使いだ

 そもそもこの検証チームの設置のことだが、私は辺野古問題の賛否に関わらずその設置は不要だと思う。
 前任知事の行政行為を後任知事が第3者委員会を設置して検証するというが、仮に前任知事の行政行為に不信があれば、議会の中で重ね重ね百条委員会を開いて、第3者的な専門家も参考人に招き、県民の代表機関である議会で、徹底的に検証し、究明すべきである。これだけに議員の資質とレベルが問われるのも又当然である。
 昨年2月に本件で百条委員会が開かれたが、とうとう瑕疵は究明できなかった。しかし、これでも不信があれば行政の監視機関である議会の権能を更に発揮して、再び百条委員会を設置すべきである。

 更に翁長知事は選挙公約でも「検証チーム」の検証の結果、瑕疵があった場合は承認を取り消す。瑕疵がない場合でも辺野古反対の民意に従って承認を撤回する。」、と明言しており、選挙公約を忠実に実行するならば、検証チームとされる第3者委員会の結論は何の役にも立たないことになる。また、仮に翁長知事自身が設置した「検証チーム」が〝瑕疵なし〟という結論を出した場合は、かえって自らの政策判断に障害となるのではないか、今でもその設置には首をかしげる。従って、曲がりなりにも動き出しつつある第3者委員会の存在は、辺野古問題の賛否に関わらず血税の無駄使いになるだけであり不要である。

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活字メディアの情報掲示板

 東京で隔月で発行されている、雑誌『新政界往来』に次のような記事が載っているので先ずはそれから紹介しよう。

なりふり構わぬ小沢一郎氏の零落

 ozawa<年の瀬も迫った昨年12月27日の各紙政治面のベタ記事や小さな囲み記事が目を引いた。小沢一郎氏の生活の党に山本太郎氏が加わって、「生活の党と山本太郎となかまたち」という新たな政党が出来たというのだ。
 生活の党は、先の総選挙で当選者が2人にとどまり、衆参合わせての国会議員が4人になり、政党条件を失っていたが、山本氏の駆け込み参入で政党交付金を受け取れることになった。
 いわば小沢氏は生き残りのため、なりふり構わず夜の繁華街の呼び込み屋よろしく山本氏の袖を引いたのだ。
 およそ政策や志とは関係がない守銭奴そのもので、政党交付金目当ての数合わせのためだけの野合だった。
 教養と武士道精神を持ったステーツマンなら恥ずかしくてできない恥も外聞もかなぐり捨てて、政治屋稼業にしがみつく小沢氏の零落に哀しみを覚える人は少なくないはずだ。
 そもそも政党交付金制度は、政権党の金権体質を清算するため、小選挙区制度を導入し、政党交付金を付与して、金がまとわりつく政治風土の浄化を図ろうというものだった。小沢氏は、この一連の改正作業の中心にいたが、自らは政治活動の手法を全く変えるどころか、ますますのめり込んでいった経緯がある。
 田中角栄氏が、党の金も自分の金もふんだんに使ったのに対し、小沢氏は、身銭を切らず政党交付金を握ることで、大派閥を形成し維持してきた。
 小沢氏は新進党を解散し、自由党を分裂させ、民主党に転がり込んで母屋を取った。その手口は、党の金を握って小沢チルドレンと呼ばれた傘下議員を増やすというものだった。
 また小沢氏は、国会議員など600人を引き連れて訪中し、屈辱的な朝貢外交を展開した。正義のために力も金も投入するというのではなく、力と金に執着し自分に都合の悪いことは黙る、相手がひるむと恫喝するという小沢氏の流儀は、そもそも人の道からは程遠い。
 かつて江藤淳氏が小沢氏に「帰郷のすすめ」を説いたことがあった。さらに先の裁判の判決が出たのを機に、評論家の屋山太郎氏は「『無罪』を引退の花道に」と勧告したのもむべなるかなだ。 同じ27日の夕刊には「年俸21億円蹴り広島復帰」と米大リーグのヤンキーズ投手だった黒田博氏の移籍が報じられた。
 同じ党首でも、こちらの投手の方が、よほどか人としての度量は大きい。>
 これは東京の友人が発行する『新政界往来』2月号の記事である。

コメント

 小沢一郎氏と言えば、かつては民主党政権を誕生させた最高の功労者だった。
 長年の政治活動の中で彼の周辺からは多くの優秀な政治家たちが去っていった。昨年12月の衆院選前も「船中のネズミ」となって、党の幹事長と国対委員長が離党し、古巣の民主党へと戻って行った。
 船中のネズミは船が航海中に沖で沈むと思えば、出港前に急いで陸に逃げるようである。
 現在衆院で小沢氏の下に残っているのは、沖縄4区選出の玉城デニー氏たった1人。この頃、山本太郎氏が加わって衆参両院で合わせて5人。ようやく政党としては生き残れたものの1人でも欠けたら直ちに政党の要件を失う運命にある。
 またして、今回の政党名も「生活の党と山本太郎となかまたち」。この党名からは本当にこの政党に政治理念があるのかどうかも疑わしい、まるで小学生向けの絵本の題目のようだ。
 しかし、小沢氏はあくまでも政界不死鳥となって、野党再編があれば今後も日本政界で羽たくだろう。そんな不安定の中で同党の幹事長に就任した沖縄4区選出の玉城デニー氏が船中のネズミとなるのかどうか、その動向も気になる。